【概況報告】新しいようで古い!? ー17世紀から始まるクラウドファンディングの歴史とはー

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はじめに:「クラウドファンディング」の前身とは?

 

初期の、クラウドファンディングのひな形の前身は17世紀において、書籍の印刷代を募るために使われた寄付ビジネスモデルだった。

 

寄付者へのおまけが標題紙で触れるようなことだった点で、クラウドファンディングに類似している。

 

今も、「サイトに支援者の名前がサイト載る」というリターンはごく一般的。

 

 

自由の女神・イギリスのロックバンドも活用?

 

1884年、自由の女神像製作委員会アメリカが像の台座用の資金を切らしてしまった。

 

新聞出版者のジョーゼフ・ピューリツァーは自身の新聞ニューヨーク・ワールドで、アメリカの大衆に台座にお金を寄付するよう促した。

 

ピューリツァーは6ヶ月で10万ドルを集めた。おおよそ125,000人の人々がこのために1ドル以下の寄付を多く行った。

 

1997年、イギリスのロックグループマリリオンのファンが全米ツアーを引き受け、ファン主催のインターネット上キャンペーンという手段による寄付で6万ドルを集めた。

 

このアイディアはこのバンドが一切かかわらずにファンが立案し、ファンが実行したのだが、マリリオンは以来、2001年から現在に至るまでのアルバムのレコーディングやマーケティングへの出資の方法としてこの手法を用い、大成功している。

 

当時では新しかった音楽関連のプロジェクトも今では多く行われている。

CDやライブDVDがリターンとしてオーナーより送られるのも、よくある話である。

 

 

音楽とクラウドファンディング

 

アメリカ合衆国に本社を置く企業のArtistShare(2000/2001)は音楽のための最初のクラウドファンディングサイトとされており、

 

後にPledgie(2006)、Sellaband(2006)、IndieGoGo(2008)、Kickstarter(2009)、Appsplit(2010)、Microventures(2010)などのサイトが続いた。

 

世界で活躍している日本のロックバンド・Electric Eel Shockはクラウドファンディングを十分に取り入れ、前もって重要なレコーディングの取引をかわさない最初のバンドの一つとなった。

 

2004年に未契約バンドとして、100人のファン(サムライ100)から1万ポンドを集め、代わりに彼らに終身ゲストリストを提供した。

 

二年後、彼らはSellaBanndで5万バジェットを集めた最速のバンドになった。

彼らは生まれ故郷の日本でUniversalに国際的にこのアルバムの使用許可を出した。

 

 

映画とクラウドファンディング

 

映画産業において、

フリーライター/ディレクターのMark Tapio Kinesは1997年に当時未完成だった初作「Foreign Correspondents」のウェブサイトを立ち上げた。

 

1997年初め前後に、彼は最低25人のファンからインターネット経由で125,000ドル以上を受け取り、彼に映画を完成させるための資金を提供した。

 

後にFranny Armstrongが彼女の長編映画Age of Stupidのための寄付システムを作った。

 

2004年から2009年(封切日)までの5年間で彼女は150万ポンドを集めた。

 

2004年12月に、フランスの事業家や製作者のBenjamin PommeraudとGuillaume Colbocが自分たちの短編SF映画「Demain la Veille (明日を待つ)」の資金繰りのため大衆向けインターネット寄付キャンペーンを開始した。

 

三週間以内に彼らは5万ドルを集めることができ、結果映画をとることができた。

 

さいごに

 

「クラウドファンディング」という名前がついて、新しい流行のサービスのように聞こえますが、

実際は、仕組みとしては17世紀からあった古いサービスであることが分かります。

 

クラウドという言葉が流行ったことも、この盛り上がりに影響を受けているかもしれません。